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高松高等裁判所 昭和46年(う)10号 判決

被告人 間崎元子

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金二万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある高知区検察庁検察官検事近藤正巳作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人土田嘉平作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は要するに、原判決は、「被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四四年八月二日午後一時五五分ごろ、軽四輪乗用自動車を運転し、高知市升形一一三番地先の交通整理の行なわれていない交差点を西方から東方に向い直進するにあたり、同交差点の左右の見とおしが困難であつたから一時停止または徐行して左右道路の交通安全を確認すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然時速約二〇粁で同交差点に進入した過失により、左方道路から進行してきた竹下正二(当五二年)運転の普通乗用自動車に自車を衝突させ、よつて同人に全治約一ヶ月半を要する頸椎捻挫、右上膊神経損傷を負わせたものである」との公訴事実に対し、本件事故は竹下の道路交通法(以下法と略称)三五条一項に定める規範の不遵守に基因するもので、被告人の業務上遵守すべき注意義務の懈怠を認めるべき証拠はないとして、無罪の言渡をしており、原判決がこのような結論に達したのは、「被告人は、右竹下正二より先に交差点内に入つたものである。」との事実認定を基礎にして、被告人の車両は先入車であつて、法三五条一項による優先通行権がある、と判断し、法三六条二項三項との関係については、「本件交差点で交わる被告人進行道路は、竹下進行の道路より幅員の狭いものであり、交通量も竹下進行道路が多いことが認められるので、元来、被告人側が法三六条二項により徐行しなければならず、同条三項により幅員の広い方の道路にある車両が優先するのであるが、この規定は交差点に同時進入する車両に適用されるものであつて、本件の如き異時進行の車両には適用がない」と判断し、さらに法四二条による徐行義務違反の点については、「本件交差点は交通整理が行なわれておらず、かつ、左右の見とおしのきかない交差点であるから、法四二条により車両等が徐行すべき法定の場所に該当し、被告人が二〇粁ないし二五粁の速度で進行し徐行しなかつたことは明らかであるが、本件は両車が同時に交差点に進入し出合頭の衝突をしたものではなく、被告人運転車両が先に交差点に入つているのに、竹下運転車両が衝突したものであるから、この事故の態様にかんがみ、被告人の右徐行義務違反と事故との間には直接の因果関係がない。したがつて、本件の場合、交差点に先入した被告人としては、相手車両の運転者が交差点内で先入車両との衝突等の事故を回避するよう正しい運転をするであろうことに信頼して運転すれば足り、竹下のごとく先入車両の進行を妨げる車両のありうることまで予想して一時停止をし安全を確認すべき注意義務はなかつた。」と判断したことによるのであるが、原判決の右事実認定及び法令の解釈適用には誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるからとうてい破棄は免れないものである、というのである。

よつて記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、

一、本件事故現場につき原判決は、司法警察員作成の実況見分調書により、「本件事故発生の交差点は、被告人の進行した幅員七・八米の東西道路と竹下正二進行の幅員一〇・八米の南北道路が直角に交差し、四辺の角切りをした交差点で、被告人進行道路からも竹下進行の道路からも、人家の塀や建物に遮えぎられて左右の見とおしはきかず、かつ、交通整理は行なわれていない。路面はアスフアルト舗装が施されており、平たんで、当事乾燥していた。進行規制は三〇粁の速度制限があるほかは他の禁止制限はない。衝突地点は、交差点中心点からやや東北寄りで、竹下運転車両の六・一米にわたる二条の擦過痕が残され、その終点になる。」と認定判示しているが、当裁判所も同証拠により右と同一の事実を認定する。

二、原審第二回公判調書中証人竹下正二の「自分は昭和四四年八月二日午後一時五五分ごろ、高知市升形一一三番地先交差点を普通乗用車で南進中被告人の運転する車両と事故を起したが、そのとき自分は裁判所前から知事公舎の方へ行くつもりであり、裁判所前の東西道路をサードで右折し、三〇キロ位で本件の南北道路を南進し、電車軌道へ行く手前の四差路(本件交差点)の五乃至一〇メートル手前でその軌道の信号が赤から青に変わるのを見てギヤーをトツプに入れた。自分は、ふだんは約四〇キロ位でトツプに入れるが、その時はノツキングがあつたので三〇キロ前後で入れた。トツプに入れて後クラツチから足を離すか離さない位の時危険を感じブレーキを踏んだ。」旨の供述記載によると、竹下正二は、本件事故当時時速約三〇粁で進行していた事実を認定することができる。

一方被告人の速度については、被告人の検察官に対する供述調書、第三回公判調書中の被告人の供述記載(記録一二〇丁裏、一〇三丁裏から一〇五丁裏)等から考え、被告人は、公訴事実記載のとおり時速約二〇粁で交差点に進入したものである、と認めるのが相当である。

三、原判決は、本件事故現場に、竹下正二の車両による六・一米の二条の擦過痕が残されていたこと、及び竹下正二の車両の速度が時速三〇粁であつたことを前提とし、さらに時速三〇粁で走行中の車両の運転者が危険を発見して急制動の措置をとつた場合の空走距離を、その際の運転者の注意の程度により、五・八三米ないし八・三三米、又は九・一六米ないし九九・九米(但し九・九九米は計算ちがい、一〇・八二米が正しい計算)となるものとし、それによると竹下正二が被告人の車両を発見して危険を感じた地点は、衝突地点の北方で、右擦過痕の長さ六・一米に右空走距離(五・八三米ないし九・九九米)を加算した、一一・九三米ないし一六・〇九米これから離れた地点である、と述べている。しかしこの地点につき原審は、論旨も指摘するように、左右各一条の擦過痕がある場合には、その擦過痕から車軸間距離をさし引かなければならないことを看過したものであり、本件の相手車両は普通乗用自動車コルト一〇〇〇であることは前記公判調書中の証人竹下正二の供述記載(記録七〇丁)により明らかであり、この種乗用自動車の車軸間距離は二米を下らないことは公知の事実であるので、原審認定の一一・九三米ないし一六・〇九米は、これから二米をさし引いた九・九三ないし一四・〇九米(前記計算ちがいを訂正すると一四・九二米)位と修正されなければならないものである。そこで端数を切りあげ、一〇米ないし一五米としたうえ、原判決と同一手法で、竹下正二が衝突地点から一〇米ないし一五米の地点にあつたときの被告人の位置を算出すると、竹下正二が時速三〇粁(秒速八・三三三米)で右距離を走行する時間は約一・二秒ないし一・八秒であり、被告人が時速二〇粁(秒速五・五五六米)で同一時間に走行する距離は約六・六七米ないし一〇米ということになるので、その位置は衝突地点から西へ約六・六七米ないし一〇米の地点ということになる。

四、竹下正二は、司法警察員の実況見分の際、衝突の際の運転席の位置から一七・一米の地点(①点)で前方の信号を見、さらに九・八米進行した②点で右側からとび出た車を発見して急制動し、それから七・三米進んだところで衝突した旨指示説明し、さらに原審第二回公判廷における証言では、「司法警察員の実況見分の際指示した①点(前記一七・一米の地点)で左方及び前方の信号を見た。前方電車軌道南側の信号が赤から青になるのを見て、青のうちに通れると思つた。そこでギアーをサードからトツプに入れたが、クラツチから足を離すか離さない位の時に危険を感じブレーキを踏んだ。その時の自分の位置は、①点から一〇米位進んだ交差点手前であり、交差点へ入ろうとした時右の(東西道路の西道路の)猿田病院の門前を過ぎた交差点入口附近から被告人の車が入つて来たのでブレーキを踏んだものである。」旨述べている。右指示説明や証言によると空走距離がわずか三米余りしかなく、また竹下正二がギアーを入れかえ、クラツチから足を離すまでの間に一〇米近くも進行したものかどうか疑問であり、竹下正二が被告人の車両を発見したときの竹下の車両の位置についての右指示説明や証言は措信できず、その地点は、若干それより後方であつたとみなければならないが、その余の点については右証言及び指示説明は信用できるものと考えられ、右証言等に前記三で述べたことを合せ考えると、竹下正二が被告人の車両を発見した地点は、あいまいながら衝突地点の北方一〇米ないし一五米の地点であると認めるのが相当である。そしてその際の被告人の位置については、この点に関する右竹下の証言、検察官作成の実況見分調書、及び前記三で述べたところにより、衝突地点の西方約七米ないし一〇米の地点と認めるのが相当である。

ところで当審における検証の結果によると、衝突地点の西方七米ないし一〇米という地点は、すべて交差点内(ただし角取りした部分)であることが明らかであり、竹下正二は、被告人発見の際まだ交差点に入つていなかつたので、被告人の車両は先に交差点に入つている車両である、ということができる。しかし被告人に優先権があるかどうかについてはなお検討を必要とする。

五、本件交差点が、交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしのきかないものであること、竹下の進行していた南北道路の方が、被告人の進行していた東西道路より明らかに広いこと(なお南北道路の方が交通量も多い―検察官作成の実況見分調書)、等は冒頭で認定したとおりであり、それによると被告人は、法四二条により徐行義務があるものといわなければならない。しかし竹下は、同条による徐行義務はこれを免除されているものというべきである(昭和四三年七月一六日最高裁第三小法廷判決参照)。そしてこのような場合広い道路を走行する運転者は、これを交差する見とおしのきかない狭い道路から交差点に進入してくる車両があるとしても、交差点手前で徐行し、かつ法三六条三項により道を譲つてくれるものと信頼し、従前の速度のままで交差点に接近するのが普通であると考えられるところ、このような車両が交差点に接近しているにもかかわらず、狭い道路から交差点に進入せんとする車両が、自分の方が多少先に進入できる位置にあることを理由にそのまま進入するならば、相手車両が危険を感じ急制動の措置をとつても制動距離の関係から衝突を避け得ないことがあり、その不当は明らかである。特に本件のように交差点の四辺が角切りされて交差点内が相当に広く、相手車両は広い道路の左側から来ているので、狭い道路の交差点入口から相手車両の進路(広い道路の中央線の左側)まではまだ相当距離があるという場合に、角切りされた交差点内に先に入つたというだけで法三五条一項の優先権がありそのまま進行できると解することの不当は甚だしい。

従つて被告人としては、自分の方が先に進入しさえすれば相手車両の方で危険を避けてくれると期待すべきではなく、よろしく交差点手前で徐行して相手車両の位置速度等をよく注視し、危険の有無を確認すべきであつたのであり、その結果危険の虞のあるときは、進行を続けることを差し控え、相手に道を譲るべきであつたと考えられるのである。

原判決は、「道交法三六条の規定は、狭い方の道路から交差点に入ろうとする場合、および広い方の道路からも同時に当該交差点に入ろうとする車両のある場合の規定であつて、他の一方の道路から交差点に入ろうとする場合、既に他の一方の道路から当該交差点に入つている車両等があるときは、同法三五条一項によつて規律されるのであり、」と判示し、法三六条の適用を狭く限定しようとするもののようである。しかし少しでも先に交差点に到達し、先入する車両があるときは、広い道路を通行する車両の優先権が認められないということになると、交通量の多い広い道路の交通の円滑が害され、かつ、見とおしのきかない交差点でなくても、前記のように急制動の措置をしても及ばぬこともあるので、原判決のような狭い解釈をとるべきではなく、法三六条三項の「幅員が広い道路から当該交差点に入ろうとする車両があるとき」とある中には狭い道路を走行して交差点に到達した車両が交差点内に入ろうとする際、広い道路を走行する車両がまだ交差点に到達していなくても、その際の位置速度等から考えそのまま双方が進行を続けるにおいては、双方の進路の交わる地点に同時に到達するようになり、危険の発生が予想される場合をも含むものと解するのが相当であり、かかる場合狭い道路からの進入は差し控えるべきである。

六、ところで本件の場合、前記二、三、四によれば、被告人が時速約二〇粁で衝突地点から約一〇米西方の地点に来たとき(検察官作成の実況見分調書によると、その地点は交差点入口から二米足らず入つた角切りの部分である)、相手の竹下は時速約三〇粁で衝突地点の北方約一五米の地点へ来ていたものと考えられ(交差点入口まで七米ないし八米の地点)、わずか五米の距離差で衝突地点に向け進行しているのであり、しかも相手車両の方が速力が早く、被告人が無事先に通過できる見込は薄い状況にあつたのであるから、被告人は法三六条三項の適用を免れず、早目に急停止の措置をとり、竹下正二の車両の進行を妨げないようにすべきであつたというべきである。然るに被告人は、本件交差点に進入するにあたり、法四二条に違反して徐行せず、進入後も竹下の進路である道路左側部分まではまだ相当距離があつたから、早目に急停止の措置をとれば危険は避け得たと考えられるのにそれもせず全く漫然と進行を続け、その結果本件事故を発生させたものであり、その過失の責はこれを免れ得ないものというべきである。従つて事実を誤認し、かつ、法律の解釈適用を誤り、その結果被告人に過失なしと判断した原判決はとうてい破棄を免れず、論旨は理由がある。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四四年八月二日午後一時五五分ごろ、軽四輪乗用自動車を運転し、高知市升形一一三番地先の交通整理の行なわれていない交差点を西方から東方に向い直進するにあたり、同交差点は、左右の見とおしが困難であり、かつ、被告人の進行する東西道路と交差する南北道路は明らかに東西道路よりも広い道路であつたから、一時停止または徐行して左右道路の交通の状況を確認し、南北道路から同交差点に入ろうとする車両等のあるときは、その進行を妨げないようにしてこれとの衝突の危険を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然時速約二〇粁で同交差点に進入した過失により、右南北道路の左方から進行してきた竹下正二(当時五二年)運転の普通乗用自動車に自車を衝突させ、よつて同人に全治約一ヶ月半を要する頸椎捻挫、右上膊神経損傷等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

刑法二一一条前段罰金等臨時措置法三条(罰金刑選択)

刑法一八条

刑事訴訟法一八一条

よつて主文のとおり判決する。

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